大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成12年(行ケ)46号 判決 2000年9月25日

原告

ニコレットインストルメントコーポレーション

代表者

【A】

訴訟代理人弁護士

鈴木修

辻河哲爾

同弁理士

【B】

被告

ファーマシア・アンド・ウプヨン・アクチェボラーグ

代表者

【C】

訴訟代理人弁護士

八掛俊彦

同弁理士

【D】

【E】

主文

特許庁が、平成10年審判第31239号事件について、平成11年8月30日にした審決を取り消す。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1当事者の求めた判決

1  原告

主文1項と同旨

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第2当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、「NICOLET」の欧文字を横書きしてなり、平成3年政令第299号による改正前の商標法施行令別表による第10類「神経診断用機械器具、これらの部品及び附属品、その他の医療機械器具」を指定商品とする登録第2264132号商標(昭和60年12月5日登録出願、平成2年1月25日出願公告、同年9月21日設定登録。以下「本件商標」という。)の商標権者である。

被告は、平成10年11月24日、原告を被請求人として、本件商標について不使用に基づく登録取消しの審判の請求をし、その予告登録が同年12月16日になされた。

特許庁は、同請求を平成10年審判第31239号事件として審理したうえ、平成11年8月30日、「商標法第50条の規定により、登録第2264132号商標の登録は、取り消す。」との審決をし、その謄本は同年10月6日に原告に送達された。

2  審決の理由の要点

審決は、別添審決書写し記載のとおり、被請求人(原告)は本件審判の請求に対し何ら答弁、立証しないから、本件商標の登録は商標法50条の規定により取り消すべきものとした。

第3原告主張の審決取消事由の要点

1  原告は、下記2のとおり、本件審判の請求の登録前3年以内に、日本国内において、本件商標をその指定商品について使用していたから、この使用の事実を認めなかった審決の認定は誤りであり、違法として取り消されなければならない。

2  本件商標の使用

(1)  原告は、その製造に係る医療用具商品の輸入総代理店であるニコレー・ジャパン株式会社(平成8年3月22日以降は、同社から同輸入総代理店営業を譲り受けたニコレー・バイオメディカル・ジャパン株式会社。以下、両社を併せて「ニコレー・ジャパン等」という。)を介し、厚生大臣による医療用具輸入承認及び医療用具輸入品目変更許可を得て、平成7年12月16日から平成10年12月15日までの間に、筋電計「ニコレー・バイキングⅣ」を、東京大学医学部付属病院を初めとする国立大学病院その他多数の大規模病院等に、合計約100台販売した。

この販売に係る「ニコレー・バイキングⅣ」は、運動神経や知覚神経の脳への伝導状態を調べる神経伝導、筋電図、体性感覚や聴覚や視覚における誘発電位を調べる誘発電位等の解析システムからなる神経診断用医療器具であって、本件商標の指定商品である「神経診断用機械器具」及び「その他の医療機械器具」に該当するものであり、かつ、その筐体上部の左側、コントロールパネルの右下部、刺激プローブの下部、チャンネル増幅器の各チャンネル上部、スピーカー上部に本件商標が付されている。

また、原告は、ニコレー・ジャパン等を介して、平成8年ころ、「ニコレー・バイキングⅣ」のパンフレット5000部を印刷し、業者等に頒布した。そのパンフレットには、表紙右下部、裏面左下部及び表紙上部に本件商標が付されている。さらに、原告は、ニコレー・ジャパン等を介して、ニコレー・バイキングⅣの広告を、雑誌「臨床脳波」平成9年10月号及び平成10年3月号に掲載し、その広告の左下部に本件商標を付した。

したがって、原告は、上記期間内に、日本国内において、本件商標を、その指定商品である「ニコレー・バイキングⅣ」について、使用したものである。

(2)  原告は、ニコレー・ジャパン等を介し、厚生大臣による医療用具輸入承認及び医療用具輸入品目追加許可を得て、平成7年12月16日から平成10年12月15日までの間に、眼振計「ニコレー・ナイスタープラス」を、東京大学医学部付属病院を初めとする国立大学病院その他多数の大規模病院等に、合計約10台販売した。

この販売に係る「ニコレー・ナイスタープラス」は、眼振の温度、衝動及び滑動性を定量的に測定する医療機械器具であって、本件商標の指定商品である「その他の医療機械器具」に該当するものであり、かつ、そのモニター左下部及びキーボード左上部に本件商標が付されている。

したがって、原告は、上記期間内に、日本国内において、本件商標を、その指定商品である「ニコレー・ナイスタープラス」について、使用したものである。

第4被告の反論の要点

1  原告の主張する本件商標の使用の事実は知らない。

審決の認定判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。

2  信義則違反、権利濫用

被告は医療用機械器具等の製造販売を目的とするスウェーデン法人であるが、日本において禁煙用の吸入器・スプレーを「NICORETTE」という商標を付して販売する計画を有している。そこで、被告は、平成6年4月4日、「NICORETTE」との商標につき、商標法施行令別表による第10類「禁煙用の吸入器・スプレー、その他の医療用機械器具」を指定商品として登録出願(商願平6-32839号)をしたが、平成10年4月10日、本件商標と同一又は類似であるとの理由により拒絶理由通知がなされた。そこで、被告は、原告に対して本件商標の譲渡を申し込んだが、何の回答もなかったため、同年11月24日、本件商標につき不使用取消審判を請求した。ところが、原告は、同審判事件について、専門家として審判手続を知悉している【F】弁理士を代理人に選任しながら、同審判手続において主張立証をしなかった。原告はアメリカ法人であるが、代理人を選任した以上、距離的、時間的及び言語的観点のいずれをとっても審判手続遂行に支障は見出されないのであるから、審判請求人である被告と相協力して審判手続を進める義務が生じる。したがって、立証はおろか答弁すらしなかったということは、審判手続の当事者として手続に協力するという義務の違反であり、被告に対する信義則違反である。原告は、本件訴訟の口頭弁論において初めて登録商標使用の事実を主張立証しているが、このように信義則に違反した行為は許されないというべきである。

また、原告が審判手続を無視して本件訴訟に持ち込んだため、訴訟経済上の損失を及ぼし、被告には本件商標の譲渡交渉以来、必要以上の経済的損失と苦痛を与えており、このような本訴請求は権利の濫用であり、許されない。

第5当裁判所の判断

1  本件商標の使用の事実について

甲第4~第16号証によれば、本件商標の使用に関し、原告が前記第3の2において主張するとおりの事実を認めることができる。そして、この事実によれば、原告は、本件審判の請求の登録前3年以内に、日本国内において、本件商標を、その指定商品について使用していたということができる。したがって、本件商標について、商標法50条所定の登録取消原因は存しないというべきである。

2  信義則違反、権利濫用について

被告は、原告が審判手続において何ら答弁をしなかったのは信義則違反であり、それにもかかわらず、本件訴訟を提起して使用の事実の主張立証を行ったことは権利の濫用として許されないと主張する。しかしながら、商標登録の不使用取消の審決に対する取消訴訟において、審判請求の登録前3年以内における登録商標の使用の事実の主張立証は事実審の口頭弁論終結時に至るまで許されると解すべきである(最高裁判所平成3年4月23日判決民集45巻4号538頁)から、原告(被請求人)が審判手続において何ら答弁も立証もしなかったからといって、それだけを理由として、審決取消訴訟において使用の事実の主張立証が許されなくなると解することはできない。そして、被告が前記第4の2において主張する諸事情を総合考慮しても、信義則違反ないし権利濫用を基礎づけるに足りる事情があるとはいえず、この点の被告の主張は理由がない。

3  よって、原告の請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担については本件訴訟の経緯に鑑み、原告に負担させるのが相当であるので、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法62条を適用し、上告及び上告受理の申立てのための付加期間の指定につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法96条2項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 宮坂昌利)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例